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Columbia(MPA) to Cambridge(MBA)

コロンビア大学(SIPA)、ケンブリッジ大学(MBA)の留学体験記です

FT MBA ranking

FT MBA ranking(MBAランキングの一つ)が公開された
ケンブリッジMBAはトップ5。
誕生25周年を迎えたばかりのプログラムにしては快挙だと思うが、中身はランキングでは表せない見所が多くあるので、引き続き頑張って欲しいし、自分もアラムナイとして貢献したい
以下は、印象に残ったDeanの言葉。30年経った時、後悔のない人生を歩みたい
“Yet while surveys are useful, they do not define our mission and strategy – which is to create a truly transformational experience for students, enabling and encouraging them to pursue careers that they can proudly look back on in 30 years and feel they have made a positive difference to their communities and the world.
 

エピローグ〜Graduation

「See you in April!」

 

昨年7月末にケンブリッジで全てのプログラムが終わる時、NYや東京でクラスメイトと再会した時、メッセンジャーとかでチャットした時、この一言を言うのが暗黙の了解かのように、必ず言い合っていた。

 

ケンブリッジビジネススクールでは、プログラムが終わったのは昨年の7月だが、フォーマルな卒業式は(ケンブリッジ全体の卒業式と合わせて)4月末の土日に行うのが通例となっている。

 

プログラム終了から10ヶ月経つため、基本的に仕事がある中で、ど田舎のケンブリッジに行くのは、かなりのコミットが必要だ。

 

それでも、8−9割くらいの人が毎年、戻ってきている。

 

自分も、金曜の深夜発〜土曜の早朝着、日曜の正午発〜月曜の早朝着という1泊3日の弾丸旅行でケンブリッジまで行ってきた。(今はLHRでこの記事を書いている)

 

留学を通して学んだこと、感じたことは今まで散々書いてきているので、純粋に卒業式で感じたことを整理しておきたい。

 

①人生は色々

  • ロンドンで相当高額な収入の仕事についたけど、想像以上に仕事がハードで、仕事が変えたいと言っている人
  • 仕事は大好きだけど(ロンドンのIBDで勤務)、MBA以外に友人がいないので、母国の友人・家族が恋しいと言っている人
  • ケンブリッジで、まだ収入のないスタートアップをやっているのに、何となく楽しそうな人
  • まだ、仕事が見つかっておらず「つらい日々だよ」と言っていたのに、夜のパーティーでははしゃぎまくっている友人

 

直接会うと、いいと思っていること、不満を感じていることを本音で言う

人も多く、学びも多い。みんなが5年後、10年後に何をしているか、本当に楽しみだ。

 

②喜びを分かち合える人を

  • とんぼ返りする必要があることもあり、自分は1人で参加したのだが、1人で参加しているのは自分と(他の日本人)だけで、ほぼみんな家族(両親、兄弟、奥さん、子供)を呼んでいた。
  • クラスメイトとの再会の時間でもあるが、多くの人は家族とも時間を取ろうとしており、1人で来ている身としては寂しさを感じる瞬間もあった。
  • 喜び(もちろん悲しみも)を共に分かち合える存在としての家族も大切だと、改めて思う。

 

③体験を通した学びを

  • 友人と1年を通して経験したことで、学びとして残っていることは何かを議論すると、「先生がすごくて、面白い授業」「プロジェクト型の授業」「旅行中に色々と気づいたお互いの個性」みたいものが上がることが多い。
  • どこかの詩人が、「人はその場所で学んだことより、その場所に抱いた感情を結局覚えているものだ」と書いていたけど、ほんとにその通りで、強い感情とともにあった学びの方がはるかに記憶に残る。(引用しているのに誰か忘れるは恥ずかしい。。)
  • 自分も、何かこのようなプログラムを作る側になった時は、このことを肝に命じたい。

 

集合写真(早朝だったので、自分はフライトの関係で間に合わず)

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カレッジ(寮)から学位授与式の会場まで行進(道行く観光客からも祝福を受けることができる=写真を撮られる)

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学位授与式(王位継承式のよう。椅子に座っているのが副学長(事実上のトップ)、緑のフードをしているが友人)

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アルファー・アカデミーのインタビュー

アルファアカデミー(αAcademy)という学生・若手社会人のキャリア・留学支援をしている企業から(オンライン上のチャット形式で)インタビューを受けたので、共有しておきます。(記事を見るには(無料の)入会が必要です)

 

主に留学経験についてです。

www.alpha-academy.com

 

2012年クリスマス〜2015年クリスマス

2012年のクリスマスも近い季節

 

思うように留学準備が進まず、焦っていた。

  • TOEFLの点数が数点足りない。
  • GMATに至っては100点以上足りない。
  • エッセイも今イチ煮詰まってない。
  • 出願の〆切は1ヶ月後に迫っている。 

 

そんな時、自分を勇気づけたくれたのは先に留学された先輩方の経験談であり、留学ブログだった。

 

仕事から帰って眠い時、面白い記事を2、3個読むと、世界中から集まるクラスメートとかっこ良く議論している姿や(実際には英語が話せず苦労するのだが)、奇麗なキャンパスを気持ちよく歩く姿が想像でき(どちらのキャンパスも奇麗だった)、2時間くらいは粘ることができた。

 

そんなお陰もあり、3年の月日が流れた2015年のクリスマスも近いこの季節に、無事に留学最後の試験を終えることができた。

 

お世話になったブログだったので、自分が留学した時には、次に続く人のために(そして何より自分の学びのために)、感じたことや考えたことを整理する場を持ちたいと感じていたことが、このブログを書くきっかけだった。

 

この写真はMBA数十校がパリの郊外に集まり、スポーツで競い合う大会での一幕。

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 完全にレクリエーションではあるけど、国籍も経歴も違う人間が、スポーツ(とパーティー)を通して、一つになり、高揚を得られた瞬間は本当に変え難い経験だった。

 

これはストラテジーの最後の授業終了の瞬間。

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自然とスタンディングオーベーションが起きていた。まさか、座学の授業で、スタンディングオーベーションをする瞬間があるとは思わなかった。

 

これは、ケニアのサバンナでの夕焼け。

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この夕焼けに、プロジェクトで一緒だったイタリア人、イギリス人、ガーナ人、インドネシア人、日本人が見とれていた。

 

異なるバックグラウンドを持つ人間が、 サバンナの真ん中で、同じ景色を見て感動している。

 

そんな絵に感動したのを今でも覚えている。

 

今後もこんな高揚感・濃密な学び・感動を大切に生きていきたい。そして何よりも、この先の人生で出会うであろう多様な価値観をもった人々との繋がりを大切にし、彩り豊かな人生を送りたいと思う。

 

自分がそうだったように、このブログが、留学に格闘する人の背中を押し、少しでも多くの人が、こんな経験することに貢献できていたらと思う。

 

この留学を支えてくれた全ての人に感謝します。

ありがとうございました。

 

おしまい。

留学におけるグループワークの分析

「意見は中々言えないけど、ちゃんと作業したり、エクセル計算するのは日本人は比較的得意だよ」

これは、留学の準備期間に、

「英語で意見を言うのが苦手な日本人はどうグループワークで貢献できるんですか?」

という質問を先に留学されていた方にした時に、何回か聞いた答えだ。


自分は、この答えに何となく違和感をもっていたのだが、最近何となく、答えが分かったように思う。


グループワークは、資料づくり・分析の役割分担と、ディスカッションする時の立ち位置の二つに分けて、考えることができるように思う。


資料・分析づくりの役割分担

  • 編集者:資料の全体構成を作る。また、最後にチームが作ったパーツを編集して、一貫性を保持する係(通常1人)。
  • パーツ作業者:編集者の作った流れの中で各パーツを作る係(通常殆どの人がこの役割)。
  • フリーライダー:殆ど何もしない人(5人のチームだと大体1人は出てくる)。


ディスカッションする時の立ち位置

  • 意見をリード:何となくみんなの意見を組みながら、意見をまとめていける人(1人)。
  • 意見を加える:全体の議論を見ながら、有益な情報を加える人(通常、複数)。
  • 流れを読まない:全体の議論の方向関係なく、意見を言う人(大体、5人のチームだと1人はいる)。
  • 沈黙する:文字通り、意見を殆ど言わない人(いる場合といない場合がいる。)。

整理すると以下のようになる。

編集者 パーツ作業者 フリーライダー
意見をリードする
意見を加える
流れを読まない
沈黙を守る


5人でグループワークするとすれば、うまく行き易いチーム構成は①が1人、⑧が1人、⑤が3人とかだろうか?

⑤の3人が意見を出し合いながら何となく全体の意見を構成していく。たまに⑧の人が全然違った角度から意見を投げる。そして、①が議論全体をリードし、資料の骨格も示す。その骨格に基づき、⑤と⑧の人で作業を行い、再度①がまとめる。


当然同じ5人でチームを組んでも、テーマによって役割が変りうるが、こういった組み合わせだと(経験的に)うまくいっている気がする。流れを読まないで意見を言う人は、たまに全然違う角度から意見を言うので、みんなを「あっ」とさせる。この人もちゃんと資料作ったりするフェーズでも貢献する意思を示せば、みんな最後まで⑧の人の意見にも耳を傾ける。


たまにありがちなのが、①が1人、⑨が1人、3人が⑤のパターン。この場合、流れを読まない人が鋭い意見を言っても、「こいつ、どうせ資料は作らないフリーライダーなのに勝手な意見ばかり言いやがって」と反感を買い易く、⑨は徐々に無視されていく。結局、①と⑤でプロジェクトをやっていくようになる。


特殊なパターンの経験としては、かなりいびつな感じで、③➡⑨が1人、④が1人、⑤が3人という感じ。この場合、③の人は意見をまとめようとするのだけど、自分で分析・作業をしないので、中味をあまり理解できておらず、プロジェクトの途中で徐々に⑨っぽいポジションに。逆に③➡⑨の人が作った流れを④の人が資料に落とそうするのだけど、どうしても「編集者=意見をリードする」場合と比較すると、資料の構成が議論の結果とずれてくる。なので、⑤の人も資料のアウトプットがぶれて、全体も何となくまとまりのないアウトプットとなる。


最初の疑問に戻ると、日本人に多いのは⑤ではないだろうか?

そして、⑤を何とかやろうとして意見を言えずに⑪になってしまう場合もあるのではないだろうか?(冒頭の発言も⑪のことを言っているのだと思う。)

⑪は確かに⑫よりは価値があるが、⑫を除くこの分類上のどの他のどの位置よりも、価値がない可能性が高い。

もし、企業同士の話/政府同士の話合いで⑪の立場なのであれば、それは、「他の人が決めたルールに従って、合意文書を作る」ことを意味するのではないだろうか?

果たして留学している人が目指すのはそんな姿だろうか?どちらかと言えば、国籍が異なる人が集まる場でも、ちゃんと議論をリードできる人なのではないだろうか?

そうだとすると、グループワークでは当然、①か②の立場を取れるようにすべきではないだろうか?


自分が留学生活の中で、殆どが⑤だった。そして、①か②の立場を取れたのは、残念ながら

  • 自分が強いテーマ(日本のケースを扱う、マクロ経済系の課題等)
  • 他の人の課題・プロジェクトへのコミットが低く、⑤⑥⑪⑫の人が多かった

という場合。

自分の留学中の挑戦の一つは馴染みのないテーマでも①か②のロールを取れるようにすることだったが、これは残念ながら達成できなかった。ただ、チームにその時の課題に詳しい人がいれば、その人が①のロールを取るのが、一番効率がいい場合が多いので、
必ずしも①か②の立場に拘るのがいい訳でもないようには思う。


いずれにせよ、これは課題として残したまま、現実世界に戻る。


もう一つの挑戦は⑦&⑧。

MBA時代に何回か、⑧のロールを取りに言ったことがあるが、これは中々苦しい。ケンブリッジは比較的、「コラボレーション」を重視しているので、どうしても、あまりに流れを読まない人は嫌われる傾向にある。ただ、上記の分析のように、

  • ⑨ではなく⑧であること。(最後は責任もってアウトプット作りに参加する)
  • 基本は⑤のスタンスを取り、ここだと思う時に⑧のスタンスを取る

ということに気を配れば、「流れとは違う意見」が、「流れを変える意見」になりうるのではないかと思う。


最後に⑪について。

自分がSIPAで最初の学期に加わったプロボノコンサルのプロジェクトは、正直⑪のポジションだった。

➡回りが何を言っているのかが良くわからない
➡発言できない
➡議論に余計ついていけない
➡たまに「今のはこういうこと?」と質問する
➡チームメンバーから「こいつは質問ばかりして、全然意見を言わないと思われる」

という感じの悪循環にはまっていた。

途中で気づいたのだが、実は以下のような負のループがあるように思う。

➡相手の言っていることが分からないから、単純に質問する
➡その答えも結局良くわからない
➡再度質問するのも悪いので、黙る
➡議論が次に進む
➡余計に分からない・・・

こういう場合は、議論の流れで理解できている範囲のことに対して、ちゃんと自分の意見を言うことが大事なように思う。すると、それに対して、他の人が反応するので、まだ議論が理解できる範囲を保てる。


まとまりのない文章だが、グループワークも色々と考えてみると奥が深い。


※この分析は全て自分の経験談なので、多いに歪んでいる可能性があります。

「明確な間違え」と「不明確な正解」

Environmental Scienceの授業で「自然災害」について扱ったのだが、そこででてきた、「災害の予測に関するコミュニケーションのあり方」が面白かった。

 

2009年4月6日、イタリアのL’Aquilaという場所でマグニチュード5.9、死者309名、負傷者4000名を超える地震が起きた。

 

これだけなら、普通の地震災害だが、特殊なのは、この被害者の遺族の方がなんと、政府の科学者を訴えたのだ。そして、7名の政府の科学者が6年の懲役刑と10百万ドルを超える罰金を払うはめになった。

 

そして、メディアでは、

 

「科学者が地震を正確に予知できなかったとして、禁固刑となった」

 

という報道が繰り返された。

 

冷静に考えて、地震を正確に予知できないことなど、先進国の人なら誰でも分かりそうなのに、何でこんなことになってしまったのか?

 

実は、この地震の一週間前に、こんな出来事があった。

 

地震学者で構成される政府のリスク委員会が、政府に以下の報告をした。

 

「現在起きている細かな振動が、大きな地震となるような根拠は何もない。従って、大きな地震が起こる可能性は排除できないにしろ、可能性としては低い」

 

この報告を受けて、政府高官は、以下のように国民に伝えた

 

「科学者達からの報告によれば、大きな地震の危険性はない。」

 

この二つの発言は、「科学的な正確さ」と「一般の人への分かり易さ」のバランスを取ることの難しさを如実に表しているではないかと思う。

 

科学者の報告は、正確なのだとは思う。ただし、この正確な報告を受けても、普通の人は、どう行動していいのか分からない。

 

「えっ?結局、大地震は来るの?来ないの?」と大方の人は思うか、

「これだから、政府は使えない」と思うのがオチだろう。

 

では、後者はどうか。

 

この発言は、正確ではない。ただし、分かり易い。この言葉を受け取れば、

 

「あー、今日は安心して寝られる」

 

と思うだろう。

 

そして、この分かり易いが、間違えた政府のアナウンスを受けて行動した多くの人が、逃げ後れ、崩壊する家の下敷きとなり、命を落とした。

 

「正確さ」と「分かり易さ」。このバランスをどう取るかに正解はないし、状況によっても違う。

 

ただし、リスク管理、特に取り返しのつかないことに対するリスク管理の基本が、「最悪を想定し、それを回避できる状況を保つこと」にあるとするなら、

  • 最悪を想定する
    • 科学者が正確な情報を報告するインセンティブを持つ事
    • 意思決定者が、最悪の事態をクリアに国民に伝えること。
  • 回避する
    • 個々人が、その事態に備えた行動を取ること
    • (長期的には)インフラ等の整備を進めること
  • 「予測の持つ意味」も明確に伝えること
    • 「最悪の事態のアナウンスなので、予測が外れて何も起こらない可能性も大きい」ことも明確にする必要がある。
    • この合意がないと、「予想が外れた場合、次の予想を信じなくなる」「今回のように訴える」など、副作用が出かねない。

が大事なように思う。

 

でも、「それを回避できる状況を保つこと」は難しい。防災グッズ、どれだけの人が常に持っているだろうか。。 

 

ただ、一つだけ確かなのは、このイタリアのケースは最悪だということ。特に科学者を刑務所送りにしてしまった点。

 

こんなことをしてしまったら、怖くて誰も予想なんてしてくれなくなり、「分かり難くとも、正確な情報」すら得られなくなる。

 

 

Entrepreneurial State_How about in Japan?

There has been a long discussion how to enhance an innovation in Japan.

In the past, the Japanese government, especially Ministry of Economy, Trade and Industry, took a leading role in the industrial policy in Japan. However, a lot of economists criticized that kinds of control. Those people said,

"The states should focus on fixing the markets failure."

"The states cannot do much about an innovation. "

However, Mazzucato (2013) insisted that the State has taken a much more important role in innovation.

She said the States showed the direction to which the states should go, invested a long term capital that VC cannot invest on, attracted top-talented researcher and enhanced the knowledge exchange between them and help commercialize those technology. Especially, U.S government took an important role in the development of the current tech startups such as Apple. She said U.S government support a lot for Apple in their early stage. The followings are the example that she mentioned. 

  • Direct Equity investment during the early stage of venture creation and growth
  • Access to technologies that resulted from major government research programs.
  • Creation of tax, trade or technology policies that supported US companies as Apple that allowed them to sustain their innovation effort.

 Also,  she said that the followings are the major characteristics of DARP that contribute to the current tech development in U.S.

  • The aim is to create a scientific community to overcome a specific technological challenge.
  • To the aim, DARP consists of a series of small office led by leading engineers and scientist. 
  • Have an independent authority to use a large amount of budget. 
  • Funding is provided to mix of university lab, start-up and established company.
  • Because the aim is to enhance usable technological advance, it also help firms to get products commercial viability stage. The support include go beyond the research.
  • Funding to small and large new technology, have seminar to exchange knowledge, facilitate the introduction of commercialization and VC.

 

Do we apply these discussion to Japan?

Japanese government established Innovation Network Cooperation of Japan (INCJ) in 2009. This is public-private partnership fund. 

The aim of INCJ is " to provide financial, technological and management support in order to promote the creation of next-generation businesses through “open innovation,” or the flow of technology and expertise beyond the boundaries of existing organizational structures."

I think INCJ can be an organization that Mazzucato suggested. 

However, very few Japanese believe that the Japanese innovation has become active thanks to INCJ.  What is the issue?

INCJ has an investment committee and it is run independently from the government, so it can invest without strong control from the government. But from the Mazzucato perspective, the issue seems to be in staff member. Currently, most staff of this fund has business/financial backgrounds. It would be better to have more people who have understanding of science.

Also, the Japanese government founded Organization for Small & Medium Enterprises and Regional Innovation(SME) in 2004. The SME provides management and financial support to small and medium enterprises.(This seems to have a same function as "The Small Business Innovation Research Programme" in U.S)

However, again very few Japanese believe that the Japanese innovation has become active thanks to SME.  

We need to search much more why there is a huge gap between Japan and U.S with regards to the contribution of these organization on the innovation. 

Ref:

Mariana Mazzucato, 2013, "The Entrepreneurial State", ANTHEM PRESS