Columbia(MPA) to Cambridge(MBA)

コロンビア大学(SIPA)、ケンブリッジ大学(MBA)の留学体験記です

本音と建前  

「日本人は本音と建前を使い分けるけど、欧米人はストレートにものを言う」

 

日本にいる時に、何となく思っていたことで、留学後にもっとも、違和感を感じているのが、この言葉かもしれない。

 

まず、留学してから(特にケンブリッジに来てからは、)「欧米人」という括り方をしないようになってきている気がする。

 

「欧」と言ったって、20カ国近くあるわけだし、そもそもひとくくりにするのがおかしいのかもしれないが、日本にいると、いつの間にか、ひとくくりに考えていた。

 

が、文化が違いそうな南欧のイタリア人が、「もともとイタリアでは、授業で発言する習慣がないし、基本はシャイだから、発言するのはすごく勇気がいる」と言って、以外と親近感が湧いたりする一方、

 

時間にきっちりしているイギリス人とは、(自分も時間通りに行くので)、MTGでは、(他の国の人は遅刻するので)最初は二人きりという状況が多いのだが、ハイコンテクストな社会の人間同士が会話するため、中々、お互いに言いたいことが伝わらず、結局、他の人が来てから、議論が活性化したことも何度かあった。

 

欧州の中でも、国により、(そして当然&もっと大切なこととして、個人により)人は違うのだ、という当たり前のことを肌身で感じている。

 

そして、「ストレートにものを言う」という部分。これも違和感。

  

例えば、プロジェクトで、誰がプレゼンするかを決めるディスカッションで、

 

Aさんは、「私は、聞く人が聞きやすいように、滑らかに、効果的なプレゼンができる人が1人か2人代表して、でプレゼンすべきだと思う」

 

と発言し、

 

Bさんは、「私は、これはプロジェクトとはいえ、学校の授業の一貫なので、プレゼンしたい人全員にプレゼンする機会があっていいと思う」

 

という意見の対立があった。

 

これだけ聞くと、プレゼンの結果を優先する人VS機会の平等を優先する人という価値観が対立しているだけな気もするのだが、議論を重ねて行くと、どうやら

 

実は、Aさんは、クライアントが英語ネイティブな人なので、こちらも英語ネイティブの人でプレゼンすべきだと思っているようで、

 

Bさん(英語非ネイティブ)は、自分もプレゼンする機会が欲しいっぽい。

 

言ってしまえば、

 

Aさん;「英語ネイティブでプレゼンうまい、(自分だけで)プレゼンすべき」

Bさん;「(下手だけど)自分もプレゼンしたい」

 

という意見を言ってるようなの。

 

ただ、おたがにそれをダイレクトに言い難いし、(ダイレクトに言うと反感を買うので)、気を使った言い回しになっている。

 

また、さらに言えば、上記のように面と向かって反論することはさらにマレで、

 

「On top of that ・・・」とかいって、相手の意見に賛成して「少し付け加える」と言いつつ、必ずしも「賛成している」とは言い難い自分の意見を言ってくる人もいる。

 

また、去年インターンしていたときに、上司から仕事を頼まれるときも、

「It would be great if you can ・・・」という仕事の頼み方をされていた。「いや、greatとかでなく、やれということだろ」と、内心の反論はしていたが、口には消して出さなかった。

 

これらはどれも、相手を立てたり、相手に直接傷つくことを言わないようにしながら、自分の意見を通すための工夫であり、反論する時は、日本で議論する時以上に、工夫が求められるように感じている。

 

※)上記の例は、現実の話をもとに少しアレンジした例です